東京地方裁判所 昭和41年(ワ)9531号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕本件請求原因の要旨とするところは、原告が本件土地建物の所有権者であることを前提とし、被告が本件トタン塀を築造設置したことによつて本件建物の使用収益が故なく侵害されているため、右土地建物の所有権にもとづく妨害排除および損害賠償を求めるため本訴請求におよぶというにある。
そこで、まず原告が本件土地建物の所有権者であることを第三者である被告に主張しうる法的地位を有するか否かについて検討する。
本件土地のうえに昭和三八年七月ごろ本件建物が建築されたこと、右土地建物の登記上の所有名義が原告の長男である訴外井上馨となつていること、本件土地がもと大蔵省の所有に属する国有財産であつたところ、右土地が大蔵省より右訴外馨に対し代金総額四万五、〇四五円で払下げられることになり、右代金が昭和二八年四月二七日完済となり、同二九年八月二八日同訴外人名義への所有権移転登記がなされたこと、訴外馨名義をもつて本件土地および原告所有名義の建物一棟は抵当権の設定とその旨の登記を経由し、昭和三八年四月ごろ訴外世田谷信用金庫から金二二〇万円を借り受け、これを本件建物の建築費に充てたこと、本件建物の所有権保存登記が昭和三八年一一月一九日付で訴外馨名義がされていることは、いずれも当事者間に争いがなく、本件土地の被払下名義人および本件土地建物の登記上の所有名義を訴外馨としたのは原告が自らの意思によつてしたものであること、世田谷信用金庫から金二二〇万円を借り受ける主債務者および抵当権の担保提供者を訴外馨の名義としたのが原告の意思にもとづいたものであることは原告の自認するところであり、また証人井上馨の証言および原告本人尋問の結果によれば、訴外馨も本件土地建物の所有名義が自分となつていることを従前から知つており、また世田谷信用金庫からの借受金の主債務者が自分であり、かつ自己の所有名義の本件土地が抵当権の担保物件に供されることを了承しながら、原告と合意のうえ右金員借受および抵当権とその旨の設定登記を経由したものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。
右事実によれば、原告は自らの意思によつて本件土地の被払下人および本件土地建物の所有者をいずれも訴外井上馨としたこと、同訴外人所有名義の登記を経由し、しかもその事実を右訴外人も了承しており、とくに原告および右訴外人の両名において合意のうえ右土地が訴外馨の所有に属するものであると金融機関に積極的な表示をなし、該金融機関をしてそのように信用させたうえ、右土地を担保とする抵当権の設定とその旨の登記をして右金融機関から多額の金員を借り受けているのである。ところで右に説示したように、本件土地建物につき原告自身においてそれが訴外馨の所有に属する旨の積極的な表示行為をして一般人の社会通念からすれば右土地建物が訴外人の所有とみられるのがむしろ通常であるような事態を招来している場合には、仮に原告がその主張のごとく右土地建物の実質上の所有者であつたとしても、原告が該土地建物の登記を自己の所有名義に改めた後ならばともかく、そのような手続をとることなく、右表示行為は真実に反するものであつて、自己が本件土地建物の実質上の所有者であるとし、その所有者たる地位を第三者たる被告に主張することは、特別の事情がない限り、信義則に照らし許されないものというべきである。しかして、本件において原告は右にあげた特別の事情の存在することについては何らの主張をもするところがない。
してみれば、原告が本件土地建物の所有者であることを前提とする本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく、失当たるを免がれない。(岡垣 学)